子どもの創造・大人の想像ー教育と保育の対話的研究

Playworldsプレイワールズ

私たちがこのところグループとして科研費を取りながらずっと研究してきた幼児のための保育活動を、欧米ではPlayworldsと呼んでいます。ここでは、幼児が(実は幼児に限りませんが)、想像遊びやアート制作活動を通して想像活動を経験することが、幼児の発達にとって重要である、と主張します。多くの(特に日本の)保育観と異なり、大人自身もその想像活動を幼児と共にすることで、想像世界をより豊かなものにしていくことが必要なのだ、と考えます。

欧米でのこの考えの創始者はスウェーデンのリンクエストLindqvst(1995)です。彼女はヴィゴツキーの文化歴史的な遊び観を独創的に展開して、playworldsと呼ぶ一つの実践的な思想に作り替えました。彼女にとって遊びの重要性はそれが人々の想像性をかき立てるところにあり、彼女はその性格を遊びの美学(aesthetics of play)と呼びました。その後彼女の影響を受けた研究者たちが欧米に現れてきています。

私たちのPlayworlds研究

ただし私たちの研究している日本のPlayworldsはこういう欧米のそれとちょっと違った、日本の独自の保育実践に基づいたものです。私たちが欧米のPlayworldsと出会ったのは宮崎が2003年度1年間、大学のサバティカルでアメリカ、カリフォルニア州立大学サンディエゴ校のLCHC(Laboratory of Comparative Human Cognition)に滞在したときです。この時同研究所では、フィンランドのハッカライネンHakkarainenの影響下で若い研究者たちがPlayworldsの研究を始めていたのでした。この若い研究者たちとはその後現在に至る20年間以上、共に研究を続けています。

それはともかく、これはまったく偶然だったのですが、その前の年2002年度に、宮崎は岐阜県揖斐川町の私立揖斐幼稚園で毎年夏にやっている、プロのアーティストを招聘してのアートワークショップを見ていて、その面白さに驚き、その年度の後半も何度も幼稚園の保育を見に行っていたのでした。アメリカでPlaywords研究に参加し、「これは似ている!つながっている!!」と直観され、その情報を揖斐幼稚園に(当時の英語力からいうと怪しいものでしたが)送り、揖斐幼稚園もそれをある程度受け入れてくれて、2004年度に宮崎が日本に帰って以来、現在に至るまでの協働研究、というか揖斐幼稚園の実践を対象とした研究が始まりました。なおこれを、対外的に(たとえば科研費で)Playworlds研究と呼んだのは、世界的におこなわれている研究思想とつなげることで、一つの幼稚園の保育に普遍性を発見したいという思いからでした。また逆に、Playworldsは思想であり、保育の技法・ノーハウではないので、それ自体として多様に発展できる(すべきである)という思いもありました。

その後の20年間で、揖斐幼稚園の保育も進歩していき、私たちの研究とそのテーマも変化していきました。その変化についてはこの20年間の科研費研究のテーマ一覧を載せてあるのでこちらをご覧ください。しかし幼稚園の保育の中核部分であり私たちにとって重要な部分は変わらずにあります。実際のカリキュラムに即していえば、それは一方で夏の、専門アーティストを招聘してのアートワークショップを中心とするさまざまなアート活動と、日常の各クラスでのテーマを持った想像遊びの二本立てです。その二つを統一するための、年間の園のテーマが毎年設定されます。

しかしここで大事なのは、こういう具体的な保育のやり方、技法にも増して、それを支える保育思想です。それを「はっけんとぼうけん」と呼んでいます。

揖斐幼稚園の保育思想

(1)はっけんとぼうけん

揖斐の保育思想の中心には、揖斐幼稚園で「園内アーティスト」と呼ぶ一人のアーティストがいます。彼のアート観が揖斐の保育思想に大きな影響を与えています。アーティストが中心にいるため、揖斐幼稚園の実際のカリキュラムにはアートに関連した活動が多いのですが、しかし揖斐幼稚園の保育をその意味で「アートを中心にした保育」ということはできません。そのアート観が影響を与えた保育観が大事なのです。

では「はっけんとぼうけん」とはどういうことでしょう。これはまずは、人が子どもに限らず、アートを創造していく時に経験することで、まわりの世界、作品の世界をさまざまに探り(ぼうけん)、それまで知らなかった新しい何かを発見していく(はっけん)という過程です。この過程は、アートのなかだけではなく、想像遊びに代表される想像世界の構築などさまざまなところにあり、それを経験することが子どもたちの発達にとって重要だ、というのが揖斐幼稚園の考え方です。

(2)対等の存在としての子どもと保育者ー対話主義的保育論

中心的な考えである(1)の実際の展開から生まれてきたことですが、揖斐幼稚園では子どもと保育者が対等の存在である、特に保育者が子どもたちに積極的に提案し、問い、楽しむ対話的存在であることが重要で、(1)と(2)が相互に支え合っている、と考えています。

リサーチクエッション

はっけんとぼうけん」の項にあげた3つの揖斐の保育の目指すものが、具体的にはどう現れ、またもっと他のところと関係づけられないのかということが私たちの一貫したリサーチクエッションです。以下の2つになります。

  1. 「はっけんとぼうけん」という人の創造的活動は普遍的なものか?
  2. 子どもと大人の対話性とはぐたいてきにはどういうものか? それは「はっけんとぼうけん」の創造性をいかに豊かにするのか

Playworldsの方法論の追求

はっけんとぼうけんの思想を追求していく一方で、より抽象度の高い、いわば方法論が問題になり始めました。この部分は私たちだけではなく、実際の実践のやり方については大きく異なる欧米の仲間たちと共に追求しています(Ferholt et a., 2021)。今のところ3つ、論点があります。

(1)対話主義的授業論

揖斐の保育思想でもある対話主義的保育論の更なる根拠を求めます。その思想的な源泉は、ロシアの文芸学者ミハイル・バフチンです。またここには小学校以上の授業も入ります。普通は、一方は遊び、他方は知的と対立的に考えられる保育と教育ですが、バフチン的な対話的授業論ではどちらも子どもの創造的な発見を楽しむ授業・保育を目指すと考えられます。

(2)人の在り方ways of being

私たちがPlayworldsで目指すのは、子どもの場合でも大人の場合でも、知識、技能、これこれの性格、といったものではありません。アート、遊び、授業などを通して、人が豊かな経験をすることを目指します。言い換えれば、こういう活動の時に人々がどういう在り方をしているのか、これが重要です。

(3)ロマン的科学

科学は通常は、一般論的、分析的・還元主義的な分析によるわかりを目指します。それに対して、個々人について全体的、記述的な統合によるわかりを目指すのがロマン的科学です。これはルリヤ(2010)により提唱され、その後オリバー・サックス(2015)等によって使われています。私たちも、基本的な科学観としてこの立場に立ちます。


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